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ピカソも鍼を…. | 表参道ビオ東洋医学センター

 漢方といえば日本では大抵の人が漢方薬を思い浮かべるだろうが、伝統医学では国際的には「鍼灸」、特に「鍼」がメジャーな存在だ。
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欧州での普及は17世紀から
伊藤 漢方医学とは、古代中国で生まれ発達したものが日本に伝えられ、独自に発展を遂げた伝統医学ですが、漢方薬だけを指すわけではありません。また、現在の日本では漢方のうちの「湯液」が注目されがちですが、世界的には鍼灸、とくに鍼(はり)が圧倒的にメジャーです。

 特に欧州では、オランダの医師ウイリアム・ライネが、1683年に出版した関節炎に関する書籍のなかで、acupuncture(鍼)という治療を紹介したのが世界的な普及の始まりとされ、大きな存在感を持っています。

 鍼と画家パブロ・ピカソの逸話も有名です。ピカソは坐骨神経痛に悩まされ、様々な現代医学的治療を受けたにもかかわらず効果はなく、創作活動に差し支える状態となりました。その時、彼が出遭ったのが「鍼」だったのです。鍼治療を受けたところ、神経痛が治り、再びキャンバスに向かい、絵を描き続けることができたといいます。

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 伝統医学を守ろうという機運が世界的に高まる中、世界保健機関(WHO)は「現代医学と伝統医学の融和」をスローガンとし、治療マニュアルや臨床研究ガイダンスを発行するなど、さまざまな世界共通の標準テキストを作成しています。

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こうした機運を反映し、2000年以降、漢方医学に関する文献は加速的に増加しています。その内容は、漢方薬に関するものより、鍼灸関連のものが圧倒的に多くなっています。

 「針治療を行う医師の割合」も興味深い数字です。日本の場合、医師と鍼灸師の仕事が分担されている背景もあり、鍼治療を行う医師は極めて少ないのですが、日本と同様の制度を持つアメリカでは14%、さらにイングランドでは21%、スウェーデンでは25%に達し、日本とは大きな違いがあります。日本には未だに「鍼灸は医療ではない」と考えている医師もいると思いますが、世界的にはそうではないということです。

 少し前まで、鍼灸治療などを指して、代替医療(alternative medicine)という言葉が盛んに使われていました。この定義は「主流の現代西洋医学(conventional medicine)以外の医学」となりますが、少し見下した印象を与えるためか、現在では欧州を中心に、相補・補完医療(complementary medicine)という言葉が用いられるようになっています。「お互いに補完しあっていきましょう」というWHOの意図に沿う考え方です。それが転じて、complementary and alternative medicine(CAM)という用語となり、かつての代替医療に代わる言葉となっています。

明治時代に禁止になった理由とは
 鍼灸医術はいつ頃、中国あるいは朝鮮半島から日本に伝わったのでしょうか。記録は古く、飛鳥時代まで遡ることができます。奈良時代の「大宝律令」には鍼師、鍼博士、鍼生などの身分も制定され、鍼灸は国の医療とし普及していきました。鎌倉時代には僧医による灸治療が盛んに行われ、庶民の間にも「お灸」は広まりました。

 室町時代になると、鍼灸は一度低迷し、漢方薬が盛んになりますが、安土・桃山時代になって、禅僧の夢分斎やその息子の御薗意斎が「打鍼術」を考案し、広めます。釘のように太い鍼を小槌で叩いて刺激する日本独自の鍼治療です。

 この後、江戸時代には鍼専門の医師が生まれました。視覚障害のあった杉山和一が「管鍼法」を考案したのはこの時代です。鍼管という管のなかに鍼を入れ、叩いて入れていくこの方法も日本独自の鍼治療手技で、現代鍼治療の主流となっています。

 こうして江戸時代まで日本の医療を支えてきた漢方医学(湯液・鍼灸)ですが、明治政府の公布した『鍼術灸術営業者取締規則』により禁止されることになります。「医師と呼べるのは西洋医学の資格を持っている者」「鍼灸は科学的でない」などの理由で、江戸時代まで綿々と続いていた鍼灸の技術はここで一旦途絶えることになりました。(続く)

北里大学医学生・臨床医のための東洋医学セミナー 漢方の基礎:鍼灸の基礎と臨床 Vol 5.1 より抜粋

カテゴリー: 鍼 灸 マッサージ   タグ:   この投稿のパーマリンク

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