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病は自分を愛していないことの証明

いかなる出来事も、最終的に決断し、受け入れているのは自分自身である。

例えば、体質にも病状にも適さない薬を処方され、副作用で苦しんだとしても、診察を許して、処方を受け入れたのは誰でもない、そのご本人である。

なぜこんなことを言うかというと、皆さん気づいていないが、病と仲のよい人はみな、自分を愛していないからである。

自分を愛していれば、添加物食品やファストフードなど食べるはずがないし、副作用がたっぷりと書かれた得体の知れない薬物を飲むはずもない。
まして、ホルモン剤をたっぷり使った中国産生薬を使った漢方薬など服用するはずがない。

知らなかった、知らされていなかったと言い訳する人がいるが、知ろうとしなかっただけである。

病に気にいられてしまったが、それをどうにかしたいと言うなら、自分をもっと愛するべきである。

また、自分をいたわっているつもりが、実は傷つけてはいないか、よく考える必要がある。

心(感情)の状態も同じ。

現在、私が治療を担当するのはほんの数人だけだが、そのほとんどの方が自分をキズつけながら生きて来ている。

私ごとになるが…
つい最近、ちょっと不満を意識してしまうシーンに出くわした。

家族の大往生があり、私自身油断があったのは反省材料だ。

家族、親戚というのは(ときに仲の良いお友達も)、とても扱いづらい人生の脇役である。

不満は感情を固め物質化する(筋腫がよい例である)と日頃お話ししている。

私のはプチ不満だったのか、麦粒腫(ものもらい)が不満を感じた直後に出た。
麦粒腫は八方ふさがりのときなどにもよく出現する。

そんなバカなと思う人はそれでよい。私とはご縁のない人である(笑)

運転中も鬱陶しいこと…(これも不満の感情である)

自分の場合、分かりきった症状(出来事)なので、落ち着いてから感情を浄めたら治ってしまった。

筋腫だろうと腺腫だろうと同じである。固まったもの(腫)は不満が根本に存在する。

悪性の腫瘍や痛みの強烈な病は怒りに近い不満を長期間にわたり抱えたか、あるいは怒り、憤怒が根にある。

これら、否定的感情は様々な研究で細胞に(つまり人体に)傷をつけることが証明されている。

誰かに気分を害され、怒っても傷つくのは自分である。
不満に思っても、悲しんでも、傷つく。

自分を愛しているなら、こういう感情を抱く行為もしないのである。

いつまでも、病に気に入られている人は自分への愛が足りないのである。

自分を愛せない人は、他人を愛すこともなど出来るはずがない。

病から解放されるためのもっとも有効な手段は、自分をいつも愛すること、徹底的に愛すること、だ。

今日はいままででいちばん愛を語ったかもしれない(笑)
追記
そもそも自分に関心がないので、体の微妙な変化を見逃し、病になる。
そしてそこに意識、注意が入って病が病気となる。

他人が困っていると助けるのに、自分が困っていて助けないのは大きな間違いだ。

また、「周りが悪い」、「運が悪い」などいろいろな理由を言う人がいるが、大きな間違い。
こういうひとはすべての選択と決定を、自分自身がしたことを忘れているのだ。
無責任なことに、それを認めようとしない(笑)

 

カテゴリー: 心とからだ, 病気・疾患, 雑 感   パーマリンク

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